Cancer Genome chapter
がんゲノム医療を学ぶ~第4章

「第4章:がんゲノム検査」では、ゲノム解析手法の進歩、次世代シーケンス、遺伝子パネル、リキッド バイオプシー、検体採取法などを解説します。

Q16.がんゲノム検査にはどのようなものがありますか?

A.がんゲノム検査は、①がんの診断、②予後の予測、③治療効果の予測、のために行います。
また、単一遺伝子検査、多遺伝子検査、網羅的遺伝子検査にも分けられます。

解説

がんゲノム検査は目的別に3つに分けられる

①がんの診断のため:肺にがんが発見された場合には、その後の治療方針を決めるため、肺から発生したがん(肺が原発巣)なのか、ほかの臓器からの転移なのかを調べなくてはなりません。
検査の結果、がんの遺伝子の異常が大腸がんの特徴を備えていれば、大腸がんが肺に転移したのではないかという「診断」のための情報が得られます。

②予後の予測のため:検査結果から、手術後に再発するリスクやがんの進行の速度(「予後」)を予測することができます。その後の抗がん薬や放射線などによる治療を追加したほうがよいかを決める参考になります。

③治療効果の予測のため:最近の抗がん薬の主流である「分子標的薬(Q14参照)」は、ゲノムの異常などによりがんの原因となる、特定の分子を攻撃する作用があります。「治療効果予測」を目的とした遺伝子検査では、分子標的薬の攻撃目標になる分子の遺伝子異常を「バイオマーカー」として調べることができ、患者さんごとに有効な薬を選択することができます。なお、治療薬を選ぶための検査は、「コンパニオン診断法」として実用化されているものもあります(Q18参照)。

1回の検査で調べる遺伝子の数による分け方

1回の検査で1つの遺伝子を調べるのが「単一遺伝子検査」です。複数の遺伝子を調べる「多遺伝子検査」には、遺伝子パネル検査(Q18参照)など次世代シーケンサー(Q17参照)という解析装置を用いた検査が含まれます。がんにおける多遺伝子検査は、これまでにがんとの関連が報告されている遺伝子を検査しますが、「網羅的遺伝子検査」では、その時点ではがんとの関連がわからない遺伝子の変異も対象にします(Q19参照)。
(折居 舞・土原一哉)

動画での解説

用語解説

●多遺伝子検査:複数の遺伝子変異を調べる検査。マルチプレックス検査ともいいます。

●網羅的遺伝子検査:ゲノム上のすべての遺伝子を対象にする検査。
その時点ではがんとの関連がわからない遺伝子変異も対象。全ゲノムシーケンスや全エクソンシーケンスなど。

Q17.次世代シーケンサーとは なんですか?

A.次世代シーケンサー(NGS)は、1回の検査で大量のゲノム情報を読み取ることができ、より高速にDNA配列を決定することができる解析装置です。

解説

ゲノム解析は大幅にコストダウンされた

ゲノム情報を解析する装置のことを「シーケンサー(塩基配列解析装置)」といいます。
ヒトゲノムが完全に解読されたのは2003年のことですが、このときのヒトゲノム計画では、ヒト1人当たりの全ゲノムの解析に300億ドルという費用と10年以上の時間が費やされました。
次世代シーケンサーとは、それまでのシーケンサーに比べ数千倍以上の効率で、高速にDNA配列を決定することができる新しい装置です。
この次世代シーケンサーが開発・改良されたことにより、今では10万円以下の費用で、1日程度あれば、正常な細胞のすべてのゲノムを読み取ることができます。

次世代シーケンサーで遺伝子検査も進化

がんにかかわる多くの遺伝子を読み取る「遺伝子パネル検査」(Q18参照)にこうした高性能のシーケンサーを利用することで、患者さんの多数の遺伝子変異を一度に検査することができるようになりました。
次世代シーケンサーは、がんゲノムの基礎的な研究を目的として、全ゲノムシーケンスを起点に発展しました。
がんゲノム解析には正常細胞のゲノムの解析に比べ多くのデータ量を必要としますが、解析機器の高速化と低コスト化が進み、さらに実地臨床で使いやすい遺伝子パネル検査の試薬(検査薬)が登場したことで、遺伝子パネル検査は臨床検査として実用化できるレベルにまで到達しました。

(折居 舞・土原一哉)

動画での解説

Q18.これまでのがん遺伝子検査とがん遺伝子パネル検査の違いはなんですか?

A.これまでの検査では、1つの治療薬の効果しか予測できませんでした。
遺伝子パネル検査は、一度の結果から複数の治療薬の使用を判断できます。

解説

これまでのがん遺伝子検査

現在保険診療で行われている遺伝子検査のほとんどは、特定の治療薬(分子標的薬)の効果を予測する「バイオマーカー(Q16参照)」遺伝子の変異をみつけるための「コンパニオン診断法」という検査です。コンパニオン診断法は検査結果をそのまま治療に結びつけることができるため、すべての保険医療機関で実施できます。
ただし、別の治療薬の使用を判断するためには、再度それに対応した別の遺伝子を検査しなければならず、治療決定までに時間がかかったり、検査用のがん組織(検体)が足りなくなったりという欠点がありました。

遺伝子パネル検査とは

これに対して、遺伝子パネル検査は、次世代シーケンサー(Q17参照)という解析装置を使用することで、一度に複数の治療薬の使用を判断することができます。そのため、検査時間の短縮や、検体の追加採取が不要になることによる患者さんの負担軽減といったメリットがあります。
さらに、複数のコンパニオン診断法をまとめた遺伝子パネル検査だけでなく、保険診療では使用が認められていないが、診断・治療に役立つ遺伝子についても広く組み入れた遺伝子パネル検査「遺伝子プロファイル検査」も開発されました。
これまで標準治療がなかった病気の、新しい治療法を探すのに役立つと考えられています。
ただし多数の遺伝子の変異情報から治療方針を検討するため、遺伝子プロファイル検査を実施する際には、複数の専門家による慎重な検討が必要です。

(折居 舞・土原一哉)

動画での解説

Q19.がんゲノム検査には どのようなサンプルが必要ですか?

A.生検または手術で取られたがん細胞のサンプルが必要です。生殖細胞系列変異を区別する検査の場合には、がん細胞とともに血液(白血球)のサンプルも必要です。

解説

細胞の変異には2つのタイプがある

治療薬(分子標的薬)は、遺伝子変異をもつ細胞を攻撃するため、がん細胞がその遺伝子変異をもっていなければ薬の効果が発揮されません。そのため、がんゲノム検査によって、がん細胞のサンプルから遺伝子変異をみつける必要があります。
ヒトが生まれてから発生し、がん細胞でのみ生じている変異を「体細胞変異」といい、親から受け継ぎ、生まれつきすべての細胞がもっている変異を「生殖細胞系列変異」といいます。
生殖細胞系列変異は、子や孫へと遺伝する変異です(第3章参照)。

遺伝しない変異をみつける方法とサンプル

がんゲノム検査によりがん細胞でみつかった多くの遺伝子変異の中から、白血球など正常な細胞でみられる遺伝子変異(生殖細胞系列変異:遺伝する変異)を除きます。そうすることで、体細胞変異(遺伝しない変異)をみつけることができます。生殖細胞系列変異はすべての細胞に共通するため、検査では患者さんへの負担が少ない血液(白血球)が主に用いられています。

もし発がんのリスクがみつかったら

生殖細胞系列変異の中には、遺伝性腫瘍の原因が含まれることがあります。これらの情報は患者さん自身の再発のリスクや、家族の発がんリスクに関係します。国が定めたがんゲノム医療中核拠点病院、拠点病院、連携病院では、遺伝性疾患の専門家によるカウンセリングが受けられる体制が整えられています。

(折居 舞・土原一哉)

動画での解説

用語解説

●生検:がん細胞など病気による生体の変化と思われる細胞の一部を取り、顕微鏡などで調べる検査。バイオプシーともいいます。

Q20.血液で行えるがんのゲノム診断とは どのようなものですか?

A.がん細胞から細胞死などによって血中に放出されたDNAから、体細胞遺伝子変異を調べることができます。

解説

なぜ血液で診断する必要があるのか

従来のがんゲノム検査では、がん細胞から組織を取って検査を行います(Q19参照)。
しかし、がん組織を取るためには手術や生検が必要であり、サンプル採取における患者さんの負担が大きく、また繰り返しの検査が難しいという問題があります。
さらに、内視鏡やCT検査による生検では取りにくい部位に腫瘍がある場合、サンプルを用意することはできませんでした。
そのため、がん細胞が細胞死することで血中に放出されたがん細胞のDNAを調べ、体細胞遺伝子変異を調べる方法が研究・開発されました。これを「リキッドバイオプシー」と呼んでいます。

血液で診断することのさまざまな利点

「リキッドバイオプシー」による検査が実用化されると、サンプルの採取が容易になります。
そのため、抗がん薬や放射線治療などを行った後に、治療によってがんの遺伝子変異が変化した結果も調べることができ、より適切な治療選択に役立つと期待されています。
またさらに、がん細胞由来のDNA遺伝子変異だけでなく、がん細胞から血液中に放出されるマイクロRNA(miRNA)を検査することで、がんの早期の発見、診断に役立てる研究も進められています。
(折居 舞・土原一哉)

動画での解説

用語解説

●リキッドバイオプシー:これまで行われてきた生検に代わって、血液などの体液のサンプルを使い診断や治療効果の予測を行う技術。

●マイクロRNA(miRNA):20個ほどの少数の塩基からなるRNA。
がん細胞が分泌するエクソソームという粒子に含まれ、がんの増殖や転移にかかわっています。

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